真田太平記

2016年01月24日

真田幸村の隠し湯

長野県上田市は、長野県の東部に位置する市で、塩田平という盆地の中にあります。
塩田平には、観光地としても知られており、
鎌倉時代に建てられた安楽寺等の寺社仏閣が数多くあります。

信州の鎌倉と呼ばれ国宝になっているお寺もあります。
上田市は真田の一族が本拠を置いていた場所です。

真田家のゆかりの地として数々の観光地が存在し、幸村の父・真田昌幸や
長男の信之、次男の信繁にまつわる言い伝えがたくさん残っている土地です。

真田幸村が、家臣の猿飛佐助や霧隠才蔵などの忍者、いわゆる、
真田十勇士とともに活躍する姿はドラマ、映画などで見ることができます。

上田市の観光地としては、他にも北上信越高原国立公園の菅平高原や、
八ケ岳中信高原国定公園に指定されている、美ケ原高原などがあります。

冬場はスキー客でも賑わう場所です。
真田幸村にゆかりがある観光地のひとつに「幸村の隠し湯」という場所があります。

きっと幸村は、戦で疲れた体をこの温泉で癒していたことでしょう。
心身ともに癒されることで、戦への活力を養っていたのだと思います。

真田幸村が愛用していた温泉は何箇所があるようですが、
その中でも、真田一族が発祥した地で有名な真田町にある「角間温泉」が隠し湯のひとつです。
posted by 真田角丸 at 20:59| Comment(0) | 真田幸村 ゆかりの地

2016年01月17日

真田幸村最期の地 安居神社

「安居神社」は、「真田幸村最期の地」と呼ばれています。
安居神社は、大阪市営地下鉄の恵比寿町駅から徒歩5分くらいのところにある神社で、
真田幸村の終焉の場所として訪れる方が多いです。

慶長20年5月、家康の首を取るまで、あと一歩のところで、安居神社で傷付いた体を休めていたところ、
徳川方の武将である西尾宗次に発見され、討ち取られてしまいます。

終焉の地ですが、真田幸村はこの神社に眠っているわけではなく、
葬られている場所はいまだ不明ということです。

これには他の説があります。
西尾宗次が真田幸村を討ち取ったのですが、それは本人ではなく、
幸村の影武者、真田十勇士の一人だったという説です。

討ち取られたのは穴山小助であり、真田幸村は豊臣秀頼と一緒に抜け穴から脱出して、
薩摩まで落ち延び、薩摩で生涯を終えたという説があります。
この説が正しいと思えるのは、真田幸村の墓が鹿児島県の南九州市頴娃町にあることです。




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2016年01月16日

真田祭り 三光神社

真田家は武田信玄の家臣でした。
関ヶ原の戦いにおいての、幸村とその父の昌幸の活躍はよく知られています。

特に徳川家康の息子である秀忠が率いた徳川家の大軍を
真田家はごくわずかな兵だけで信州上田城にくぎ付けにしたのは有名です。

真田幸村のゆかりの観光地として有名なのが「三光神社」です。
三光神社は大阪七福神にも入っていて、JR大阪環状線の玉造駅から徒歩10分ほどのところにあります。

「真田丸」は、真田幸村が大坂の陣において築いた砦であり、
三光神社にはそこへ抜ける穴のような洞穴があるということです。

その勝利を祝うために、毎年11月の第1日曜日に真田祭りが行われていますので、
真田幸村ファンの方々は必見のお祭りでしょう。

抜け穴のような洞窟は、普段、閉められたままですが、
真田祭りでは一年に一回だけ、抜け穴の戸が開かれるとのことです。
posted by 真田角丸 at 19:04| Comment(0) | 真田幸村 ゆかりの地
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