真田太平記

2016年01月17日

真田幸村最期の地 安居神社

「安居神社」は、「真田幸村最期の地」と呼ばれています。
安居神社は、大阪市営地下鉄の恵比寿町駅から徒歩5分くらいのところにある神社で、
真田幸村の終焉の場所として訪れる方が多いです。

慶長20年5月、家康の首を取るまで、あと一歩のところで、安居神社で傷付いた体を休めていたところ、
徳川方の武将である西尾宗次に発見され、討ち取られてしまいます。

終焉の地ですが、真田幸村はこの神社に眠っているわけではなく、
葬られている場所はいまだ不明ということです。

これには他の説があります。
西尾宗次が真田幸村を討ち取ったのですが、それは本人ではなく、
幸村の影武者、真田十勇士の一人だったという説です。

討ち取られたのは穴山小助であり、真田幸村は豊臣秀頼と一緒に抜け穴から脱出して、
薩摩まで落ち延び、薩摩で生涯を終えたという説があります。
この説が正しいと思えるのは、真田幸村の墓が鹿児島県の南九州市頴娃町にあることです。




posted by 真田角丸 at 12:46| Comment(0) | 真田幸村 ゆかりの地
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